とある月の60日。
今日は二人の息子が分化を終えてから初の舞踏会がある。
といっても、舞踏会までまだまだ時間がある。
舞踏会の前に話がしたい人物がいたからだ。
貴賓室で待機していると、唐突にバーンと扉が開いた。
「レハト!久しぶり!元気だった?
あ!そうだ、こないだ中庭を抜けてたときに・・・
あ、タナッセもいたんだ。久しぶり。」
夫妻が此処にいると聞いて飛んできたのだろう。
ヴァイルが息を弾ませて入ってきたかと思えば、
タナッセに構わずレハトに抱きついていた。
「わぁ、ヴァイル!会いたかった!」
「おい、貴様らもう三十過ぎだろう。
いい加減その話し方はよせ!それになんだ、その如何にもおまけみたいな・・・っ!おい!抱き合うなっ!」
「はいはい分かった分かってるって。相変わらずだなーもう!」
ヴァイルは分かったと言いつつ、レハトに抱き付いたままだ。
舞踏会を前にしてタナッセに拗ねられては困る。
レハトがさり気なくヴァイルを引き離しつつ話しかける。
「息子達は忙しいのかしら。舞踏会の前に少し話がしたかったのだけど・・・。」
「んー、無理かな。後なら、まぁできなくもないだろうけど。」
「そう、なら仕方ないね。あ!さっき言ってた中庭の続きを教えて?」
中庭の猫が―・・・
屋敷の裏の花畑で―・・・
すでに裏方となった三人で、他愛もない話をしていた。
気付けばそれなりに時間が経っており、
それに気付いたヴァイルが急に立ち上がる。
「あ、もうこんな時間!俺まだ準備してないんだよね、飛んで出てきちゃったから。
じゃ、また後でね!」
そしてまた、バーンと扉の音を鳴らして出て行く。
「っ!おいっ!・・・まったく!・・・変わらないな。」
なんだかんだ緊張していたタナッセの頬が緩んだのを見て、レハトもホッとする。
最愛の息子達の晴れ舞台なのだ。あのタナッセが緊張しない訳がない。
ヴァイルには感謝しなければ・・・。
「おい、何をニヤついている?悪巧みか?」
ニヤついていたらしい。
タナッセに抱きつき誤魔化しつつ、会場へと向かった。
会場ではまだ少し早いにも関わらず、すでに相当の人数が入っていた。
今回の舞踏会は、言ってしまえば印を持つ双子の分化後お披露目会みたいなものだ。夫妻は蚊帳の外、というわけでもなく、親から取り入ろうとする貴族も多い。
そんな貴族達の相手をしていると、入り口がざわめいているのに気付く。
多く衛士に囲われた中心に、着飾った若い二人の息子がいるのが見えた。
「父上!母上!」
衛士の間をくぐり抜け、□□□が近づいてくる。
「□□□、久しぶりね。」
「あ、えー、元気そうでなにより。」
「あれ?父上、緊張してるの?
どうせ露台に行くん・・・イテっ!踏むこと無いだろ!」
□□□の足を踏みつけていた。
が、周りの目を気にしてすぐに離した。
「おまっ、おまえがっ!・・・っ!今日は露台に行くつもりはない!
ふっ、私も立場があるのでな。」
「まぁ!じゃぁ今日は一緒に踊ってくださるのね?」
二人の会話に目を輝かせて入ってきたのは、もちろんレハトだ。
「なっ・・・!わ、私は踊らな」
「今夜の舞踏会は楽しくなりそう!
□□□。皆に顔を見せていらっしゃい。」
そう言って、□□□の少し乱れた衣装を整え、送り出す。
その横で慌てたようにタナッセがもごもご言っていったが、
レハトがとても嬉しそうにしているのを見て諦めたようだ。
そして七代目陛下の挨拶と共に舞踏会は始まった。
しばらく夫婦揃って歓談をしていると、音楽が鳴りはじめた。
それを見計らってレハトの元へ多数の手が差し伸べられる。
レハトは相も変わらず美しいのだ。
今会場にいる女性の中では圧倒的な美しさだろう。
隣に夫がいるのにも関わらず差し伸べられる手に、
タナッセは少し苛立ちを感じていたが、同時に誇らしさも感じていただろう。
それを知ってか知らずかレハトが丁重に断っていると、
後方で二人の息子が並んでこちらに向かっているのが見えた。
「私ってば人気もの!まだまだ負けてないね。」
「・・・・。」
ふと横を見るとタナッセがレハトを睨み付けていた。
舞踏会が終われば間違いなく説教だろう。
そして、レハトの目の前へとたどり着いた息子達が一歩足を引き、
レハトに手を差し伸べる。
「「お母様、私と一曲いかがですか?」」
「まぁ!・・・喜んでお受けいたします。陛下。」
と、レハトは王となった○○○の手を取った。
「ちぇっ、俺が後かぁ。」
「当たり前だ。」
タナッセが腕を組み呆れている。
「□□□はお父様とお話しでもして待っててね。さ、行きましょ、陛下!」
「父上、またあとで!」
そう言って二人は会場中央へと歩いていった。
二人を見送った後、タナッセと□□□は、
中央の二人が見え且つ人の少ない方へ移動した。
「舞踏会はあまり好きじゃない。若い頃はいつも顔だけ見せて露台へ逃げていた。」
□□□は目を丸くした。なぜ急にそんな話を始めたのか。
「おまえは苦しくないか。」
無理はしていないかと、タナッセは真剣な表情で訊ねた。
それを見た□□□は少し頬を緩めた。
タナッセは自らと自分を重ねて見ていたのだろう。
こんな場でしか素直になれない、しかし真面目なタナッセに対し、
いつもならふざけて返す□□□も真面目に答えようと少し気張って答えた。
「全然?むしろ楽しいよ!
・・・そう思える場を作ってくれたのは他でもない貴方と母上だ、父上。
僕達は、もう異例ではないんだから。 ・・・くはっ!」
□□□は、自分のキャラでない発言に、耐え切れず笑いがこぼれる。
ハッとして直ぐに笑みを隠すが、
タナッセも微笑んでいることに気付き、再び頬を緩めた。
「○○○は踊れないのかと思っていたのだけれど。」
レハトは踊りながら、○○○に話しかけた。
「どうして?これでも僕は皆に認められた国の王だよ。踊りくらいできるさ。」
「だって今まで歓談ばっかりだったじゃない?誘っても丁重にお断りされ」
「そっそれは!・・・その・・・膝に矢を・・・」
「・・・っへ?」
「な、なんでもない!!」
○○○が動揺してつまづく。
慌ててレハトがフォローして何とか持ち直した。
「ご、ごめんなさい、母上。」
「あはは、いいのよ! 陛下には借りを作っておかないとね?」
「ははは・・・。」
そうして無事に一曲を終え、二人はタナッセ達のところへ戻る。
「お疲れ様、母上、○○○。綺麗だったよ!」
「ほ、ほんと?」
「ああ、良かったぞ。」
○○○はホッとしたように息をつく。
躓いたことには気付かれなかったようだ。
「じゃぁ次、俺! あらためて・・・一曲踊っていただけますか?」
「ええ、喜んで!」
□□□が差し出した手に、レハトが手を添える。
「でも母様ばっかり楽しんでいいのかしら。タナッセとは踊らないの?」
タナッセは唐突に振られて咳き込む。
「ばっ・・・!わ、私は踊らないぞ!
おまえが踊っている間、楽しく歓談させてもらうのでな。」
「え?でも□□□の次、私と踊るのよね?」
「い、いや、踊ら」
「え・・・踊らないの・・・?」
タナッセの拒絶に、レハトがしゅんとする。
よほど楽しみだったのだろう、今にも泣きそうだ。
息子達の痛々しい視線がタナッセに向けられる。これは踊らざるをえない。
「ああもう!踊る!踊るとも!ほら、次の曲が始まったぞ。行ってこい!」
そう言うとレハトは花が咲いたような笑みをタナッセに向け、
□□□と共に中央へ向かった。
タナッセは顔を歪めながら後悔の念に駆られている。
その姿を○○○がニヤニヤしながら見つめているのにタナッセが気付いた。
「おい・・・何をニヤけている。悪巧みか?いや、馬鹿にしているのだろう。
本当、おまえはレハトにそっくりだな。その何もかも見透かしたような」
「いや、父上が分かりやすいんですよ・・・。母上でなくたって分かりますって。」
呆れたように腕を組んだ○○○が答える。
その姿は先ほどのタナッセにそっくりだ。タナッセが口を開く前に○○○が続ける。
「父上と母上を見てると結婚したくなります。いや、恋を、かな・・・。」
「はっ・・・!?ぐ、ま、まぁ・・・悪くはないぞ。
私が変われたのはレハトのおかげだ。
あやつでなければ私は己の弱さを・・・いや、なんでもない。」
「・・・父上?」
怒鳴られるかと思いきや、やけに素直なタナッセに○○○は戸惑う。
「衛士長ってことは、それなりに鍛えているのよね?」
「え?まぁ、うん?」
□□□は質問の意図が分からないまま、とりあえず頷いた。
レハトの顔を窺ってみると、なにかニヤニヤしていることに気付いた。
「は、母上?なに?どうかしたの?」
「いいえ?・・・なに、もっ!!」
と、いきなりレハトが予想外の方向へ足を踏み出す。
□□□は予想外に驚き、躓きそうになりながらも付いていく。
「ちょ!?母上!転ばせるつもりですか!」
「わーすごいすごーい!流石私の息子ね。息ぴったりじゃない!」
そう言って、次から次へとアレンジを加えていくレハト。
それに必死で付いていく□□□。
「息ぴったりって!・・・っ!あぶっ!ちょっと母上!?」
「あはは!楽しいっどんどん行こー!」
一方その頃、タナッセと○○○も二人の変化に気付いていた。
「あ、あれ?母上と□□□、なんか・・・ずれてる?」
「あー・・・やはりか。」
タナッセが額に手を当て呆れている。
「父上?何がです?」
「おまえ覚えてないか?何年か前にどうしてもとせがまれて、
レハトと踊ったことがあるんだ。」
「あ、そういえば・・・ちょうど5年くらい前、御前試合も見に来たときに。」
「ああ、そうだ。久々の御前試合に血が騒いだのだろう・・・。」
血が騒いだって・・・母上は戦闘凶か何かなのか、
○○○は突っ込みたくなる衝動を抑え、タナッセの続きを待った。
「あいつ、アレンジだ!と言い張り出鱈目にステップを踏み出したんだ!
あんなものアレンジであるものか!
覚えたての未分化の子でさえまだマシなステップ踏むぞ!」
「は、母上・・・。」
よほどその時の事が気に食わなかったのだろう、
耳まで真っ赤にしてタナッセは怒っていた。
そう、曲がすでに終わっていることに気付かないほどに。
「あ、母上、□□□、お疲れ様。」
○○○の一言で、すでに曲が終わっていることに気付く。
そして次の番、あらため次の餌食は・・・タナッセだ。
先ほどまで踊っていた□□□は、もう懲り懲りといわんばかりの顔をしている。
「あ、ああ、お疲れ。綺麗だったぞ、うん。」
「えへへ、ありがとう。タナッセ。
次は久々にタナッセと踊れるのね、わあ、楽しみ!」
その言葉にタナッセの血の気が引いていくのが分かる。
「い、いや、その、疲れただろう。少し休憩しないか?
○○○もレハトと話がしたいだろう。」
「僕はもう戻らなければ。王としての立場があるので。
それでは、母上、父上、また明日時間があれば。□□□も、また後でね。」
「なっ・・・ま、まぁ、そうだな。」
「まぁ。陛下。今日は楽しかったです、また踊ってくださいね。」
「あ、う、うん。また今度、母上。」
「俺も向こうで休憩してくるよ、またね、母上、父上。」
そう言って息子達は二人から逃げるように去っていった。
次の曲が流れ始め、引きずられるように連れて行かれるタナッセ。
その数分後、レハトの不意打ちステップで大転倒したのは言うまでもない。
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