ツコツと、寝台横の壁から音がする。
レハトはいつものように、音が鳴らされた壁の石を一つ外した。
「こんな時間にごめん。その、気になることがあってさ。」
「ううん、私もちょうど寝付けなくて。どうしたの?」
ヴァイルが壁越しに話しかけてくる。
元々この部屋は、前王の息子であるタナッセが使用していた部屋だった。
しかし、彼が移譲の儀を待たずして城を出て以来、この部屋は空室となっていた。
レハトは分化後しばらくは未分化時の部屋を使っていたが、あの部屋は質素で少し狭いため、
今後の仕事や来客の事をのことを考えて、少し広いこちらへと移ったのだ。
移った際に、ヴァイルにこっそり教えてもらったのが、この壁の仕組みだ。
ヴァイルの部屋は隣にあり、自室がこの壁一枚を挟んだだけの造りになっている。
その壁の石のうち一つが簡単に外す事ができ、こうして寝台に入ったまま話ができるのだ。
「あ、あのさ。仕事のほう、上手く行ってる?・・・人事の話、出てるんでしょ?」
「うん。いたって順調だよ。・・・もしかして、何か、あったの?」
「いや、そうじゃなくて。えーと、異動の件、どうするのさ。」
「異動?私のなら、全部お断りしたよ?」
「あ、そう、そうなんだ。・・・ふーん。」
「だってお城を出たら、ヴァイルと会えなくなっちゃうし。」
ヴァイルがホッと息を吐いたかと思えば、続いたレハトの言葉に息を呑み黙り込む。
「・・・ヴァイル?寝ちゃった?」
黙り込んだヴァイルに、心配したレハトが壁の穴を覗き込むようにして様子を窺うと、
そこには赤面しているヴァイルの顔があった。
目が合うと、ヴァイルの顔の赤らみがより一層増したようだ。
「・・・っ!うわわっ!」
驚いたヴァイルが踏ん反り返ってバランスを崩す。
「わわっ、大丈夫?」
「だ、大丈夫っ!俺、そろそろ寝るね、ごめん!」
「? ・・・分かった。おやすみ、ヴァイル。」
「うん、また明日。」
ヴァイルの慌てっぷりにレハトは疑問を感じつつも、壁の石を元の位置へ戻す。
そして、レハトはすとんと眠りに落ちた。
翌日。
レハトが支度を終え、廊下へ出ると、
ちょうど玉座の間へと向かうヴァイル御一行に出くわした。
「おはようございます、陛下。」
「あ、ああ、おはよう。」
レハトが声をかけ一礼すると、少し戸惑うようにヴァイルが返した。
その目の下には、くっきりと隈ができていた。
「ど、どうしたの?その隈。眠れなかったの?」
「えーと、ちょっと考え事してて。少しは休んだよ。」
「でも、顔色も悪いし・・・体調崩してるんじゃ」
そう言ってレハトはヴァイルの頬に手を当て、ずいと顔を寄せる。
レハトの不意の行動に、ヴァイルはビクッと震え体を強張らせたかと思えば、
すぐにレハトの手を振り解き、片腕で自らの顔を隠しながら後ずさった。
「へ、へーき!平気だから! ・・・今日は忙しいんだ。もう行かないと。」
「そう、無理しちゃだめだよ、ヴァイル。」
「ん、ありがとう。」
レハトが廊下の端に寄って道を開けると、
すれ違いざまにヴァイルがレハトに向けて何かを呟いた。
「・・・え?ヴァイル待って、」
レハトがヴァイルを引き止めようとした、その時。
ヴァイルの後ろについている侍従頭に、とても迷惑そうな視線を向けられた。
・・・これは引き下がった方が良さそうだ。
レハトは大人しくヴァイルを見送ると、レハトもその場を離れた。
「あら、レハト様、ご機嫌よう。」
レハトが衣裳部屋を訪れると、ユリリエに迎えられた。
「わ、ユリリエ。ちょうど良かった。
時間あるかしら。もし迷惑でなければ、その・・・相談にのって欲しいの。」
「まあ、私に?喜んでお受けいたしますわ。」
ユリリエがさぞ嬉しそうに微笑み、両手を合わせた。
レハトは掛けてある衣装を探りながら、今朝起きたヴァイルとの出来事を話す。
ヴァイルがすれ違いざまに言った言葉。
―――あんた、いい加減、自分が女なの自覚しなよ。
「私ってそんなに魅力ないかな・・・。
侍従達は様になったといってくれたのだけど。」
レハトが肩をすくめてため息をつく。
一方ユリリエはというと、表情とても輝かせて話を聞いていたのだった。
「ふふ、レハト様は共に磨いただけあって、とてもお綺麗でいらしてよ。
自信をお持ちになって。
・・・ただ、女性としての振る舞いがなってませんわ。」
「・・・振る舞い?」
「女性は無闇に殿方に触れてはなりませんわ。逆もそうですけれど。
陛下に対して、未だ未分化の頃のように振舞っているのでしょう?」
「それは・・・ヴァイルは立場なんて気にせず接してくれていいって・・・」
「それはかつてからの友として、でしょう?
女性に分化した以上、立場はともかく行動は見直すべきですわ。
貴方に女性としての魅力があるからこそ、陛下は困っているのよ。
だからこそ陛下に戒められたのではなくて?
以前にも申しましたけれど、鈍感は罪ですわよ、レハト様。」
「で、でも・・・未分化最後の日、友として支えあうって・・・」
「あら、レハト様は友情から芽生える愛情というものを信じてなくって?
現に陛下はレハト様のことを友以上に女として見ておられましてよ。」
その言葉にレハトが目を見開き、ユリリエを見つめる。
そして記憶をたどる様に目を泳がすと、そのまま視線を下に落とした。
「・・・ありがとう、ユリリエ。相談にのってくれて。」
「ふふ、礼には及びませんわ。私、楽しませていただきましたもの!
お役に立てたのなら嬉しいですわ。」
そうしてレハトは衣裳部屋を出た。
その表情は凛としていて、瞳には決意と覚悟の光が宿っていた。
そして、とある日の中庭で。
二人は手を結び、指を絡める。
神へと祈り、誓いを立てるために。
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